【書評】「ホワイトラビット」伊坂幸太郎

「ホワイトラビット」感想・レビュー

星が瞬く夜空のような小説だ。星の光が地球に届くまでには、果てしない時間がかかる。オリオン座のベテルギウスにいたっては何年も前に爆発していて、もしかしたらすでに無いのかもしれない。しかし、それが私たちに分かるのは爆発してから640年後。私たちが普段見ている星は、過去の残像だ。

この“すでに起きてる出来事も時間がずれないと見えない”という点は、作品冒頭でも記述があるように、この物語自体の構造を表している。

仙台市内の一軒家で発生した立てこもり事件。人質はその家に住む家族3人。駆け付けた特殊捜査班SITに対し、立てこもり犯は人質と引き換えにある人物を連れてこいと言う。指定された人物は、やたらとオリオン座の雑学に詳しい怪しげなコンサルタント。加えて、立てこもり犯、人質の家族、特殊捜査班SITの現場責任者には、それぞれ秘密があった。

視点や時系列を変えながら、立てこもり事件の内容が描かれていく。半分くらい読んだ段階では、きっと私たちは事件の全体像の3割も把握できていない。この事件がいかに複雑なものか分かるのは、小説の後半から。違和感を抱いたその瞬間から、無数の星が繋がって星座が浮かび上がるように、事件の全体像が見えてくる。

事件の真相に迫っていく中で描かれる、登場人物たちそれぞれのドラマも見どころだ。とくに私が印象に残っているのが、特殊捜査班SITの夏之目課長と娘の会話。

「一生って、とてつもなく大きいと思わない?」
「はい、生まれました。はい、死にました。その間には、いろいろあるんだよ、お父さん。」

星の一生に比べたら人間の一生なんて一瞬だけれど、それでも私たちの人生はかけがえのないものであることに変わりはない。「人生はいろいろある」。その“いろいろ”をできるだけ濃い時間にしたいと、夜空の星を見ながら思う。